小林伴子 フラメンコ・スペイン舞踊教室・高田馬場駅から徒歩1分
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  会報「AMIGO」
     
「『音』は私のイマジネーション」チ・ブルグッド(馬頭琴奏者&小林伴子対談
Vol.05(1998年4月23日発行より)
 
   
井上

昨年のアトリエ・ラ・ダンサ定期コンサートと、エル・フラメンコで小林伴子さんのフラメンコと共演した感想をお聞かせください。

     
以前フラメンコを見たことがあります。オリンピックの開会式でも見ました。スペインの代表的な踊りですね。先生との共演はたぶん面白いと思いました。
何回かリハーサルをやって、音楽に自分は「どこから入ろうか。」「先生は踊る時はどういうことを感じているのか。」考えました。初めの時は、20%は分からない部分があったけれど、でも2回目やった時はすごく分かった。

フラメンコはただの音楽ではなくて一番大事な、民族の昔からある精神的なものを表現している。だから「手」の感じ、「足」の感じ、「顏つき」でいろいろ物語を言っている。それを自分も楽しみたい。だから嬉しくて一緒に体が動いてしまいます。
それからもうひとつ感じたのは、小林先生は日本人ですが、日本人として外国の民族のものを一生懸命勉強して踊るときは、ほんと日本人じゃない感じがする。スペイン人が踊っているみたいです。表現する時は言いたいことを出して、ちゃんとみんなに「理解してください、フラメンコはこういうものです。」って。

     
菜畑

小林さんはどうでしょたか。

     
小林

一昨年の「フィエスタ・デ・アミーゴ」のアトラクションのゲストに、井上さんの紹介でチ・ブルグッドさんが来てくれました。初めて聞いた馬頭琴の「音の響き」に哀愁があって感動しました。フラメンコもチェロやヴァイオリンを入れる場合もありますし、「一緒にやってみたいな、踊れたらなあ。」と思いました。

最初は正直いってとても心配だったんです。普通クラシックの方が来ると、楽譜がないと弾けません。フラメンコのリズムやメロディーを即興的にとって弾いてくれるというのは、とても難しいことなんです。

チさんがどういうキャパシティーを持っている人か知らなかったので、お稽古もたくさんしないといけないと思っていました。それなのにスケジュールが合わなくて、発表会のときは、ちょっと前に2回しか合わせる時間が無いというので、とても心配していました。でも1回目のときに「アッいける、大丈夫。」というのが分かってほっとしました。

チさんは、馬頭琴の伝統的な音楽家であるだけではなくて、広いジャンルの音楽を理解する力を持っているし、ジャズのように即興もできる。馬頭琴は歌を追いかけて和音をとっていくというフラメンコギターと同様のシステムで伴奏することも初めて知りました。

     
そうそう、もともと伴奏の楽器です。
     
菜畑

一般の西洋音楽と、どう違うのですか。

     
小林

フラメンコもギターの人は歌が入ると歌の旋律を追いかけてコ−ドを変化させていくんですね。民族的なものはみな似せているんでしょうか。みんなで「せーの」で同じ和音を出すのではなくて、歌い手さんが発声した音を耳で聞き分けて和音や旋律をつけていきます。

フラメンコギタリスタは、踊り手が踊れば、そのうえに踊り手の足音のきざみ方をキャッチして音符の割り振りをその場で決めて行きますから特殊技能なんです。チさんの場合は、その馬頭琴のもっている特性と現代の音楽をやった知識とが相まって自然にフラメンコとも一緒に合わせることができたのでしょう。

チさんがフラメンコを受け入れるだけのキャパシティーがあったということだと思います。それがすごくラッキーでした。よい出会いをくれた井上さんにとても感謝しています。

     
菜畑 毎日基礎をやるということですね。
     
小林 フラメンコはもともとメソッドがありませんから教える手段に舞踊的な基礎としてクラシコ・エスパニョールを利用する場合が多いのですが、ただその場合カスタネットを打つという技術と組み合わせて練習するのは体のポジションとステップが中心となっています。フラメンコでカスタネットを弾く場合はクラシコを踊る時のそれとは当然違うと思うので、私の授業ではコンパスとカスタネットの関係が中心になっています。
今回のコンサートのチラシのなかで「友達がさざなみのような音色」と言ったということを書きましたが、マヌエラ・バルガスさん(60年代から70年代のスター舞踊家)の踊りのカスタネット演奏録音・CDにとても影響を受けました。シギリージャの録音なんですが、テンペラメント(激しさ、活力)があると同時に弱音の部分があり、しみじみ心に沁みました。さざなみのような音を初めて実際に聞いて、とても感激しました。
「自分の気持ちのひだが指先からこぼれてくるような表現」ができたらなあ・・・と。私の理想です。そこに向かって精進したいなと思っています。今回どこまで出来るか分かりませんが、ひとつのチャレンジとして「カスタニュエラ・カスタニュエラ」の公演を企画しました。
     
井上 私も嬉しいです。
   
菜畑 私達見るほうにとっても、よい出会いになったと思います。
     
音楽の仕事をやっていない人にとっては、音楽や踊りは「見る」こと,「聞く」ことになりますが、私は先生と一緒に演奏するときは、とにかく先生が表現したいというものを感じたいと思う。
そうういうところには絶対こういう感じが欲しい、と私が感じて表現できれば先生も満足できる。それが芸術というか、言葉なしで通じるものです。
     
小林 私はここ何年か、自分が演じる時には決まった振り付け部分の他に、必ずインプロビゼーション(即興)の部分を挿入してその場で聞こえてくるものに反応して踊るようにしています。
チさんの「音」は私のイマジネーションを引き出してくれ、すごく踊りやすかったです。
山崎さんのギターがあり、チさんの馬頭琴があり、クーロさんの歌があり、そういうものが聞こえてきて、はじめて私の踊りが出てきます。
音楽が私の踊りを完成させてくれる大切な役割をしています。
     
歌のクーロさんは、先生の踊りでだんだん興が乗ってくるのが、そばにいてわかる。走り出した電車に乗り遅れないように行かないと、遅れてしまう。私もここと思うところで自分の表現をしていきます。
   
小林 みんなが一緒になってお互い理解できる同士が集まって、お互いに見て感じる聞いて感じる、それが相乗作用になればいちばん幸せな状態だと思います。
   
あとはどの民族でも、自分の生まれた民族性を持っています。日本人としてスペインへ行って勉強し、スペインの民族性を表現するというのは、なかなかえらいことです。
   
小林 フラメンコはものすごく日本人が好きなジャンルのようで、このごろはとても人口が多くなってきています。日本人も技術的にはすごく進歩してきています。けれど、民族や歴史、文化に裏付けされた外国の芸能を身につけるのは外国人にはすごく難しいし、私の踊りもスペイン人のそれとは違うと思うんですよ。

私はスペインの文化を尊敬してそこから勉強をずっと続けていきたいと思っています。でもその果てに自分が踊ったときに出てくるものは、やはり自分でしかないし、それが日本的なフラメンコであるのは当然だと思います。

スペイン的だから日本的だから良いとか悪いとかではなくて、その人が表現した事の質が問われるのだと思います。安易に日本風なフラメンコという言葉は使いたくないし、私は日本人だから日本人のフラメンコを踊るとかいう言葉もいいたくありませんが・・・・・。
   
菜畑 私達も「小林伴子さんのフラメンコ」として受け取っています。
   
先生のやりたいこと、私のやりたいこと、それは民族関係ない。
モンゴルの音楽とフラメンコは全然違う。だけど私は先生のやっているフラメンコをすごく感じることができる。
いろいろな民族がそれぞれみんな持っている大事な精神。それが私は好き。お金で買うことができないものを持っている人、それはいい人。先生はそれを持っている。だから世界どこへ行ってもオーケー。
 
 
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