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  会報「AMIGO」
     
「一瞬の夏」 佐伯 泰英
Vol.03(1995年11月13日発行より)
 
真鶴野外芸術祭の前夜、僕はひとり、真鶴港そばの旅館に泊まっていた。午後11時過ぎ、娘から電話があった。スペインでプロ闘牛士を目指している下山敦弘君が負傷を負い、瀕死の状態だという。セビージャに国際電話しようとしたがすでに旅館は寝静まっていた。

部屋に戻ってまんじりともしない夜を過ごす。

僕は彼のデビュー戦をマラガまで見に行っていた。わずか一ヵ月前のことだ。その後彼はとんとん拍子にノビジィロ・シン・ピカドールというマイナーなクラスで勝利を納めていた。日本人初の闘牛士誕生の期待もその周辺に広がっていた矢先だ。

下山が負傷したのはアビラ県の山の中の小さな闘牛場、右首にカウンターパンチを食らい、倒された。軽傷に思えた打撲傷の奥に悪魔が潜んでいた。セビージャに戻った下山は、左半身に麻痺を感じ、意識も途絶して、集中治療室に運び込まれた。電話がうちにあったのはその時点だ。真鶴の岬で小林伴子先生らとマティルデ・コラルたちの公演の手伝いをしながら、セビージャで生死の戦いを続ける青年のことを考えていた。

photo:Y.SAEKI
現在は国境なき時代、なんだかおもしろそうじゃん!という軽いノリで青年も若い女性も異郷を目指す。しかしノモのようにアメリカンドリームを具現する人間ばかりではない。それぞれの芸能には、スポーツには固有の土地で育まれ、培なわれたエッセンスがある。このエッセンスを基盤にして民族のアイデンティティが成立している。頭の中で考えた闘牛観では対応できないなに(アルゴ)かがある、その土地に生まれた者には本質的に感じられるアルゴだ。おそらく下山敦弘はこの感覚に触れる前に倒れたのだろう。それが半身不随になり、闘牛の道を諦めざるをえない今、彼を苦しめている最大のものだろう。つくづく他国の芸能を全うする難しさを下山君の一瞬の挑戦に思い知らされた夏だった。
佐伯泰英プロフィール
佐伯さんは私の舞台作りの演出や脚本を書いて下さる、強い見方です。本業は作家で、プレイボーイのドキュメントファイル大賞を受賞されてます。スペイン狂で、フラメンコを題材にした作品「聖母の月」が双葉社から出版されています。(小林伴子)
 
 
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