小林伴子 フラメンコ・スペイン舞踊教室・高田馬場駅から徒歩1分
  AMIGO(小林伴子・後援会)
  会報「AMIGO」
     
「風邪は稽古でなおる」 小林伴子スペイン留学時代
Vol.02(1995年1月10日発行より)
今回は、「スペイン留学時代」をテーマに、レッスンのこと、生活のことをそれぞれインタビューしたものをまとめました。

1978.2. 羽田にて。スペインへ留学。(撮影 菜畑みどり)
菜畑

もう18年くらい前になるでしょうか、小林さんが、スペインへ2回目のフラメンコ留学に出発される時、以前多摩美の学生時代小林さんも教えていらした児童館の絵画教室の先生がたと一緒に当時は国際線は羽田からでしたが、見送りにいったことをなつかしく思い出します。
今と違ってスペインがずいぶん遠い時代でしたから、現地にもちろんあてがあるとはいえ、たった一人で出発するところに立ち会ったわけですが、小林さんの覚悟と勇気にすっかり感心してしまいました。さて、初めの頃のフラメンコ留学はどんなレッスンを受けていたのですか?専門的内容はわからないので、レッスンの印象でもよいのですが。

     
小林

当然ですが、レッスンは先生によって教え方が違います。フラメンコはまだメソッドが完成されていませんから、それぞれの先生の踊りのスタイルをまねることで技術や表現を習うことになります。

 
◆◆トマス先生の言葉◆◆
菜畑

本場スペインのレッスンで、習うときの心構えみたいなものはありましたか?

     
小林

スペインへ行って初めて個人レッスンを受けたのですが、先生が本気で教えてくれるよう、自分に関心を持ってもらえるよう次のレッスンまで、その日習ったことを何度も繰り返し、一生懸命稽古しました。

私のスペインでの最初の先生トマスは、前にもお話ししたように大変厳しい人でした。先生が公演のためしばらくお休みになったのですが、そのときちょうど私は体調をくずして自習ができませんでした。

先生が戻られて最初のレッスンの時、当時スペイン語で唯一知っていた病気の単語が「レスフリアード・風邪」という言葉だったので「風邪で稽古ができなかった。」と言いましたら、「風邪は稽古でなおる。」と言われてしまいました。

     
菜畑

一人一人の生徒の特質や資質を引き出すような稽古はされるのですか?

     
小林

個人レッスンの場合は当然そうなります。これはどんなジャンルでも同じだと思いますが、誉めて良いところをのばす先生と不完全な場所を修正して資質をのばす先生のタイプがあります。スペイン舞踊を習ったベティー先生は前者で、トマス先生は後者でした。

 
◆◆石の床の稽古場◆◆
菜畑

フラメンコのレッスンはどのような稽古場で練習していたのですか?

     
小林

日本ではプロの舞踊家が、自分の稽古場をもって練習したり、生徒にレッスンしたりしてますが、スペインでは稽古場をもっている人は少ないのです。現役の舞踊家が公演のないとき、貸しスタジオを借りて教室を開設するわけです。以前アントニオ・ガデスが主演した映画「カルメン」ではカルメン役のラウラ・デル・ソルがアモール・デ・ディオスというスタジオでレッスンを受けている時スカウトされた設定になっていましたが、実際にマドリッドのアモール・デ・ディオスは、たくさんのフラメンコの先生がクラスを開いている、フラメンコの世界では有名な稽古場です。私も多くの時間をそこで稽古しました。

     
菜畑

私など体感できないことですが、それを聞くとスペインの稽古場は、いかにも固そうですね。
さて、今は以前に比べ、スペインへフラメンコ留学する人が非常に多くなったようですが、どう思われますか?

     
小林

本場へ行って直にスペインの空気に触れるのは、とても良い事だと思います。ただ、フラメンコは技術の習得にとても時間のかかるものですから、スペインへ行ったから、すぐに上達するというものではありません。

     
  菜畑後談
アントニオガデス振付の映画「カルメン」には小林さんがレッスンを受けたアモール・デ・ディオスの舞踊学校がそのまま出てきます。映画「カルメン」はビデオになっていますので、見ていただくとその雰囲気がとても伝わってきます。
   
◆◆もてなし上手◆◆
井上

前回の会報では「小林さんのフラメンコ誕生」を取材しましたが、今回はスペインでの留学生活のところをもう少し皆さんもお聞きになりたいと思いますのでそのところから伺いたいと思います。

     
小林

スペインでは、最初はスペイン人の家庭にお世話になりました。2年間で3件位引っ越しをして、タブラオで仕事をするようになってからは、アパートで1人住まいをしました。スペインへ平気で留学したのも、初めての海外旅行で出掛けて行ったスペインでお世話になった方が、とても上手に私の旅を助けて下さったからだと思います。

知人の知人という本当に今思うと、先方にしてみたら迷惑な話だったでしょうに、「ここのタブラオがいい」と良いアドバイスをしてくれたり、「あそこを見ていらっしゃい」と観光バスに乗せてくれたり。べったりついて歩くのでなく、私に負担にならないようにご自分も構えない、本当にゆきとどいた心遣いをして下さいました。おかげで、一人ですっかりスペインを歩いたような気になって、何の不安も感じずにポッと留学してしまいました。

     
井上

昨年、私の家にも15歳のアメリカの男の子がホームステイしましたが、あまり構えすぎて正直言って疲れました。でも、彼の方がもっと疲れたんじゃないかしら。今思うと、良くしてあげようと考えすぎていたと思います。

     
小林 本当に人のお世話って大変ですよね。
     
◆◆衣装への気遣い◆◆
1983年秋、マイテ・ガランのグループに参加し、グラナダのハルディーネス・ネプトゥノで踊っていた時、仕事仲間の女の子とたちと。(後列左端)
   
井上

スペインの気候はどんなですか?

     
小林

スペインも広いので一概には言えません。中央のマドリッドは、盛岡と同じくらいの緯度ですが、地中海性気候のせいで、暑さ寒さの感覚は東京ととても良く似た気候です。ただ、とても空気が乾燥しているので、夏も気温の割りには過ごしやすいです。お風呂なんかは入らなくても、肌はいつもさらっとしています。

     
井上

シャワーを浴びる習慣っていうのはどうなんですか?

     
小林

普通の人はあまりお風呂には入らず、時々シャワーを浴びる程度だと思います。スペイン人に比べたら、日本人はずいぶんとお風呂好きだと思います。

でも私がスペインで教えられたシャワーの習慣というのもあるんですよ。というのは、仲間の踊り手が出演前シャワーを浴びて出勤してくるのに気がついたんです。スペインで仕事というと長期に渡ることが多くなります。衣装は毎日、長い時は何ヶ月にもわたって同じものを着るということになります。

当然あんまり洗濯出来ません。それで衣装に匂いをなるべく付けないようシャワーを浴びて、デオドラントをつけ、それから着る、というくらい、とても気をつかっていることを知りました。私もそうするようになりました。

     
◆◆蝶よ花よ◆◆
福井

スペインにいるあいだ素敵な男性に会われたと思いますが・・・。なんだか突撃レポーターみたいかしら。(笑い)

     
小林

もちろん、素敵だなと胸をときめかした人は何人もいましたよ、私も石ではありません。けれど、スペイン人は17〜8才までにはもうカップルが出来上がっていて皆カップル単位で行動するから、私の年齢だと新しいボーイフレンドを獲得するためには、必然的に誰かのボーイフレンドを横取りすることになってしまいます。

だから、パーティーなどに一人で出かけると、カップルの女性からあからさまに敵対心を持たれたりします。おまけにスペイン男性、とくに南の人は女性へのお世辞が挨拶代わりの情熱家ですから、「まじめなおつきあい」から始まるのは、なかなかむずかしいようです。言葉も名詞が全部、女性系、男性系に分かれている国ですものね。結婚している男性でも、独身と称して女性を「月よ星よ、蝶よ花よ」と口説く場合もよくあるようで、私も一週間ぐらいで嘘に気づいてさよならをした事があります。

性に関する意識は、一口でスペインはと言えないくらい個人差があります。当然フラメンコの世界も同じです。カトリックをまじめに実践して、25才を過ぎて「私はバージンよ」と胸をはって言う女性もいれば、堕胎の経験を話す女性もいる。フラメンコはアンダルシアでは老若男女、皆の親しむ民族芸能ですが、残念なことにスペインでもアンダルシアから出れば、芸能界の感覚に近づき、外の人の見る目も日本で日本人が芸能人を見る目と同じようです。

     
福井

結婚しているのに口説くということは、自分の気持ちに正直っていうことでしょうか?

     
◆◆キオスクのおじさん◆◆
小林
会話を楽しんで、言葉の信憑性や裏付けにはあまりこだわらないのでしょう。

日本だと政治家がちょっと口を滑らせただけで、大変なことになるでしょう。スペイン人は言いたい放題で細かいことはあまり気にしないようです。

「知らない」というのが恥じなのか、道をたずねてとんでもない方向を教えられてしまう事もあります。

毎日通っている道のキオスクのおじさんに、劇場に行く道を尋ねたら「ここには、きのう来たばかりだから知らない。」と言われてびっくりしてしまいました。冗談でもなかったようだし、ずーっと前からおじさんそこに居たんですけどねえ。

photo: Y.SAEKI
     
福井

悪意はないのですね。

     
小林 でも、そうやって気軽にしゃべる国で言葉に律儀で言葉をいつも守る人っていうのはやっぱり貴重な存在ですね。
     
福井 トマス先生のことですか?
     
小林 ええ、先生もそうですし他にも何人もそういう人達に出会いました。私のスペイン語の先生のマリアテレサさんや友達のカミーノの事を今でも懐かしく思い出します。
     
◆◆懺悔すれば許される◆◆
井上

イタリアの印象を菜畑さんが「街中が背の高い建物に取り囲まれていて、建物に彫られた聖人に見下ろされている。そういう世界に生活していると実感したわ。」と話していましたがスペインもそんな感じでしょうか?

     
小林 以前はそうだったんでしょう。カトリックの国と言われているけど若い人は無宗教に近いんじゃないかしら。厳しい面もある反面ルーズな面もあって、懺悔すれば許されるから、何をやっても逃げられる。
     
井上 ずいぶんと前にラジオで聞いたのですが、「あるとき、ジプシーが盗みに入ると大金があったので、『これは神が用意してくれたものだから有難く戴こう。』といって持って行くそうだ。」という話を思い出しました。宗教もこんなふうに解釈すれば何でも正しくなってしまうのかなと思いましたね。
   
福井 ところで宗教か何か信じていますか?
     
小林 実践的ではないけれど心情的には仏教徒ですね。みんなあると思うんだけど自分がこの世に産まれてきて必ず死ぬ訳で、「生かされている。」と感じます。
     
井上 ほんと、自分一人で生きている訳じゃないですね。ものすごく困って日本に帰りたいなんて思ったことはありましたか?
 
1987.2.7 パリのマウステルリッツ駅にて
(パリ経由でスペインへ出発。夜行列車プエルタ・デル・ソル)
     
◆◆本物に近づきたい◆◆
小林 それはもう困ったことや、いやな目にあったり、苦しいことはあったけどべつに帰ろうとは思わなかった。
     
井上 そこでガンバったのはやっぱり好きな道だったからでしょうか?
   
小林 もちろんそうだと思うけれど、がんばって耐えているという意識はなかったですね。
     
井上 コンセルバトリオの資格を取るのは大変だったでしょう。
   
小林 スペインへ行ったのは本物に少しでも近づきたいと思ったからで、資格を取るのが目的ではありませんでした。コンセルバトリオの資格はスペイン舞踊全般を勉強しないと取れない資格だし、フラメンコを深く専門に勉強したかったので悩んだ時期もありました。

クラシコのベティー先生に勧められて始めたのですが、他の人たちがフラメンコの先生にどんどん踊りを習って帰って行くのを横目で見ながら、年下の子たちと一緒にバレエのレッスンを受けたり地方のフォークダンスを習わなければなりませんでした。

フラメンコを中心に勉強を進めてはいましたが、当然力は分散されるわけです。基本を勉強するのは、長い目で見れば絶対自分のためになると思いつつ、ずいぶんと遠回りしているようで気持ちのなかに葛藤がありました。

フラメンコの踊り手として仕事をしながら受験勉強をした時期もあり、その時は日に6時間くらい稽古して夜はタブラオで踊るという生活を1年くらい続けました。1日も休みのない仕事で今思うとよく続いたと思います。結局、途中舞踊団に入って仕事に行ったり、日本に一時帰国したりしながらも受験は続けて、最終試験を終えましたが、五段階の試験を終わるのに5年かかってしまいました。

試験で随分と鍛えられて良い経験でしたし、ずっと応援してくれた母にも少しは親孝行できたかなと思います。
   
◆◆自分で選んだ道◆◆
福井 そこでガンバったのはやっぱり好きな道だったからでしょうか?
   
小林 みなさんだってそうですよ。自分が真面目に今まで生きてきたこと自体、自信をもっていいことですよ。たまたま子供を育てている人が多くて目立たないだけで、みんな同じですよ。自分で選んで来ているわけだから。
     
福井 選んではいないわね。流されて来ただけかしら?(一同笑い)
   
小林 でもやっぱり選んでるんですよ。かえって私なんかの方が全然考えてなくって、行きあたりばったりなのかもしれない。ただその時その時に自分にとってこっちの方がいいかなって思った方法をとってきただけで、べつに何年でこの資格を取って、何年で日本に帰って教室を開こうなんて思っていなかった。それにそういうタイプだったら踊りなんてやっていないでしょう。踊り手と言う職業自体ががかなり経済状態が心配なわけですから。私の場合は全然そういうことを考える能力が欠如していたから、今までやって来てしまったのだと思います。
   
福井 小林さんは自然体だと思いますね。
   
小林 前から私のことを知ってる人はそう思うようだけれど、なにごともきちんと計画してやるように見えるらしい。(笑い)
   
福井 そうやっていられるのもお母さんが全面的に信頼してくれていたからだと思いますね。
 
アルハンプラ  photo: Y.SAEKI
   
◆◆父母の愛◆◆
小林 父がすごく厳しい人で、すごく束縛されていると思っていたけれど、いま思うと厳しかったのは本当に基本的な生活態度の事だけだった。何をやれ、かにをやれ、と言われたことはなかったし、基本的にはうちは自由放任だったことに、今になって気付きました。

スペイン行きを決心した時すでに父は亡くなっていたのですが、母に話す時、私は母に止められるとは思ってもみなかったし、実際母も止めなかった。それどころか、3年間の経済援助を約束してくれたんですからすごいことです。母には頭が上がりません。
     
福井 お母様の深い愛情には感心させられますね。現在、小林さんが活躍されるようになった背景には、今まで教えていただいた先生方のご指導もさることながら、すばらしいご両親の深い信頼と支援があったからなのでしょうね。
お忙しいところありがとうございました。また素敵なお話を聞かせてください。12月24日のクリスマス・イヴ・コンサートを楽しみにしています。
   
  井上後談
コンサートやパーティでは、いつもお母様の姿があります。控えめに暖かな眼差しで娘を見守られている様子はとてもお幸せそうです。
   
 
 
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