小林伴子 フラメンコ・スペイン舞踊教室・高田馬場駅から徒歩1分
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  会報「AMIGO」
     
「フラメンコはコンパス」 小林伴子のフラメンコ誕生
Vol.01創刊号(1993年10月20日発行より)
平成5年4月27日。新しく開設された「アトリエ・ラ・ダンサ」第二スタジオにてインタビューを致しました。聞き手は、中学時代の同級生で後援会メンバーの一人井上です。
井上

平成3年度「芸術祭賞」受賞、おめでとうございます。

     
小林

ありがとうございます。

   
井上 この度、今年1月公演「舞姫たちの系譜」での再会がきっかけで、中学・高校時代の友人が微力ではありますが後援会を発足し、創刊号の会報を発行することになった訳ですが、会員の皆さんの中には、「どうしてフラメンコの舞踊家になったのか」と驚かれた方もいらっしゃると思いますので、まず、そのところから伺いましょうか。
   
小林 踊りは小さい頃からやっていました。日本舞踊、クラシックバレエ、モダンバレエなど、とにかくいろいろな踊りを習ってきました。そのうち、「日本人って何だろう」と思ったりして「篠笛」もやってみたのですがどうも自分にとっては、日本の音楽がとても解りにくく感じたのです。そうやっていくと、やっぱり「いいなあ」と思っているものが「いいのかなあ」と思った訳です。「フラメンコ」は好きでした。
「ラファエル・デ・コルドバ」の公演を三人で見に行ったでしょう。
   
井上 日比谷の野外音楽堂で私達が二十歳の頃でしたね。あれは確か夏の夜で、私は、フラメンコを観るのが初めてでした。
男性の髪が風でなびいたり、汗が飛び散ったり、女性の衣装の裾がヒラヒラして、とても魅力的だったのを覚えています。
   
小林 それで趣味として習い始めたのが23歳の時でした。26歳の頃、友人の結婚式に出席しその会場で踊って欲しいと頼まれ、「いいわよ」と気軽な気持ちで引き受け、いざ踊ってみると、ギターのアレンジが違っていたので踊れなかったのです。ショックでした。その時、伴奏してくださったギターの方が、「フラメンコはコンパス(リズム)が中心なので、それを頼りに踊ればどんなメロディーでも踊れるはずだよ」と教えてくれました。私はフラメンコが何か知らなかったのです。その時、「本物を知りたい」と思いました。
 
◆◆本場スペインへ◆◆
井上

それで本場スペインで本格的にやろうと思ったのですね。

     
小林

ええ、ちょうど前年パリの帰りにスペイン旅行したのですが、とっても楽しくてイメージも良かったのでスペインに行く事に疑問もなく行けたのだと思います。その時は3ヶ月分くらいのお金しかなかったのですが、母が3年分の援助を約束してくれました。

     
井上

一人で外国へ行くというのも勇気がいると思うのですが、一人娘を送り出す「お母さん」も勇気がありますね。

     
小林

ええ、でも私のことを全面的に信頼してくれましたので心強かったです。母は事故のことだけ心配していたようですから。

   
井上 ところで実際にスペインへ行って生活してみていかがでしたか。
   
小林 スペイン人は外国人の中では日本人にとって親しみやすい人々だと思います。背格好も小柄だし髪も黒く、食事も馴染みやすい土地柄だと思いますよ。でも、8年間いましたがやはり彼らなりのサインというかニュアンスはなかなか解らないですね。ちょっと京都的と言ったらいいかしら。
   
井上 踊りは主に、どこでならったのですか。
   
小林 マドリッドです。フラメンコは元々はアンダルシアの踊りですが、マドリッドには優秀な踊りの先生がいます。ほとんどの先生は職業舞踊家なのでシーズンには公演に出かけてしまいますが、シーズンオフになると貸し稽古場で教室を開くのです。そこでいろいろな先生に教わることができるのです。
   
井上 先生の中で印象に残った方がいらしたと思うのですが。
   
小林 最初に習った「トーマス・デ・マドリー」先生ですね。彼はスペイン人としては大変に律儀な方で、フラメンコの基礎を10カ月間習いました。
彼は私の日本の師である小島章司先生の先生でもあり、日本にもよくいらしています。
   
井上

コンサート「赤い靴」にも出演された渋い感じの方ですね。踊りにも厳しさというのか緊張感がありましたね。

スペインには8年間いらした訳ですが、小林さんの取って来た、コンセルバトリオの資格というのはどういうものですか。

小林 スペインは多民族国家なので一口にスペイン舞踊といっても様々です。コンセルバトリオではその様々な土地の踊りが課題になります。免状が5段階あったので、全部終わるまで5年かかりました。

ただし、それを取得しようと思ってスペインへ行ったわけではないので、その間もフラメンコを習いながらタブラオ(フラメンコを見せる店)で踊ったり、舞踊団に杯って各地の公演に出たりしていました。

 
◆◆故郷、日本へ◆◆
井上

そのままスペインに居るつもりは無かったのですか。

     
小林

どこの國にいるかと言うよりも、自分にとって「故郷」というのは家族のいるところと思っていましたので・・・。
私はスペイン人と結婚したわけでもなく母が日本に待っていましたし。 この先教えていくことが舞踊家として生きる道だと思いました。

そこで誰に教えるのが一番良いかと考え、日本人である私の体験を日本の人に伝えられればと思い、帰国して5カ月目に教室を開きました。もう7年前になるかしら。

     
井上

高田馬場第一スタジオですね。ここは小林さんが日本で出発する原点とも言えるところですね。黒で統一されていて、今の第二スタジオより小さいけれど、毅然としていて私も好きなスタジオです。

ところでもう一つ女性としての関心なのですが、毎回コンサートでの衣装は、どなたがデザインするのですか。

     
小林

ほとんど自分でデザインしています。自分のイメージを製作者の方と相談しながら作っていただいています。

     
井上 最後に舞台では、どういうことを表現しようと思っているのでしょうか。
   
小林 特に思うのですが、フラメンコの踊り手というのは「踊りたい」という自然の欲求から舞台に立つわけで、聞こえてくる音楽によって自然に表現がでてくるものだと思います。
ただ舞台芸術として作品をとらえる場合は、総合的に創造力が発揮できたら良いと思っています。
   
井上 まだまだ伺いたいことが沢山ありますが今回は、これぐらいで終りたいと思います。次回コンサートで、また私達をワクワクさせてください。ありがとうございました。
 
4月24日 第二スタジオ開設パーティにて(撮影 菜畑みどり)
 
 
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